不登校の子どもと向き合っていると、
「もう、いい加減にしてほしい」と思ってしまう瞬間があります。
そんな気持ちが浮かんだだけで自分を責めてしまう人もいますが、
これは冷たさではなく、仕事や家事、家庭の予定を回しながら、限界近くで調整し続けている親だからこそ生まれる本音です。
6年間、不登校の子と向き合ってきた経験から、 親が限界を感じる背景を現実的な視点で整理します。
「元気そうな瞬間」と「動けない現実」の落差

不登校の子どもには、外から見ると元気に見える時間があります。
友達と話せる、好きなことに集中できるなど、 行動だけ見れば問題がないように見えることもあります。
その直後に、外出を拒否したり、習い事に行けなくなったりする。
見ている側は、その切り替わりについていけません。
この落差は、親の気持ちだけでなく、家庭の予定や生活リズムにも影響します。
「あれだけ元気なら、これくらいはできるはず」 そう思ってしまうのは、子どもの可能性を信じたい気持ちがあるからです。 だからこそ、期待と現実のギャップが負荷として蓄積していきます。
「月謝や給食費がもったいない」という感覚
不登校になると、習い事や居場所づくりに挑戦しては、行けたり行けなかったりを繰り返すことがあります。
行くかどうか分からない習い事の月謝。
学校に行けていないのに発生する給食費。
これらの支出を「もったいない」と感じるのは、 生活を支える大人としてごく普通の感覚です。
お金は、あなたが家族のために働いて得た大切なリソースです。 使われないまま消えていく費用を前に、気持ちがざわつくのは当然です。
「子どものペースを待ちたい自分」と 「無駄になるコストを直視する自分」。
この二つの感覚が同時に存在することで、 「いい加減にしろ」という思いが強まることがあります。
なお、自治体にもよりますが「給食費」は停止することが可能です。
知らないまま払い続けている家庭も少なくありません。
▶詳しくはこちらの記事をご覧ください。
親のエネルギーは無限ではない
家事、仕事、下の子のケア。 その合間に、不登校の子どもの状態を常に気にかけ続ける生活は、 想像以上に負荷が高いものです。
「いい加減にしろ」という感情は、 子どもへの攻撃ではありません。
「今の距離感では、もうこれ以上持たない」 という、心のリソース不足を知らせるサインです。
今日は、無理に歩み寄らなくても大丈夫です。 少しだけ距離を置いて、お互いに呼吸する時間を確保することも、 家庭を維持するうえで必要な選択です。
時には肩の力を抜いて、自分だけの時間を作ることも大事です。
▶親が限界だったとき、1週間距離を置いた体験談はこちらをご覧ください。
まとめ|怒りの正体は、理想と現実のズレ
「いい加減にしろ」という言葉は、 子どもを責めたい気持ちではなく、 親として背負い続けてきた負荷が限界に近づいたときに出てくるサインです。
元気そうに見える瞬間との落差、 使われない月謝や給食費、 家庭を回し続けるためのエネルギー不足。
こうした現実が積み重なると、 心のどこかで「もう無理だ」と感じるのは自然な反応です。
今日は、優しくなれなくても大丈夫です。 「これ以上は難しい」と認めることは、 親としての失敗ではなく、 これからの日々を続けるために必要な“現実的な休息”です。
▶不登校児への家庭での接し方は、こちらの記事にまとめています。


