これは、私自身が小2の子どもと毎朝の行き渋りに向き合っていた頃の実体験をもとに書いています。
「うちの子、学校に行きたがらない…」
そんな状態が続くと、親はどうしていいか分からなくなります。
朝になると動けない。
トイレにこもる。
「行く」と言ったのに、玄関から出られない。
この時期は、不登校の中でも特にしんどい 「混乱期」 と呼ばれる段階です。
この記事では、行き渋りが始まった頃の実体験をもとに、
混乱期とはどんな時期なのか、そしてなぜ親が苦しくなるのか を整理して書いています。
不登校の「混乱期」とはどんな時期?

混乱期は、行き渋り期と親子の葛藤期が重なって起こる時期 です。
完全に不登校と割り切れるわけではない。
でも、以前のように通える状態でもない。
「今日は行けるかもしれない」
そう期待しては崩れる、を繰り返す。
行動としては行き渋りが強く出て、気持ちの面では親子ともに葛藤が続く。
その両方が同時に起きるため、家庭全体が混乱しやすくなるのがこの時期です。
行き渋りが強く出ていた頃の実体験
後から聞いた話ですが、学校では授業中に机の下に教科書を並べ、バリケードのようにしていたことがあったそうです。
今思えば、授業を受けられる状態ではなかったのだと思います。
朝になると、「お腹痛い⋯」と言い出し、決まって何時間もトイレにこもるようになりました。
トイレが終わったと思って「行ってらっしゃい」と声をかけても、玄関から出ようとしません。
それが何日も続きました。
こちらも余裕がなくなり、感情的になってしまったこともあります。
堪忍袋の緒が切れて、たたき出すように外に出したこともありました。
すると、玄関のドアをガンガン蹴って暴れる。
どうしても学校に行こうとしない。
それでも仕事があるので、付き添ってなんとか連れて行く。
校門の前でうずくまり、学校の中に入るまでに1時間かかった日もあります。
正直、本当につらかったです。
親の「混乱期」でもある
親は、「生活の現実」と「正解探し」の板挟みになり、余裕を失いやすいからです。
今振り返ると、私は毎日怒っていました。
「なんで行けないの?」
「理由は?」
「いじめ?」
「勉強が分からない?」
思い当たる原因を全部ぶつけて、答えを探し続けていました。
でも子どもは「分かんない」としか言えない。
その言葉の意味を理解できる余裕が、当時の私にはありませんでした。
学校に行けない=児童会館にも行けない。
頼れる身内も近くにいない。
夫にも相談できない。
…働けない。
生活の現実が押し寄せる中で、私は原因探しにしがみつくしかありませんでした。
混乱期は、気持ちだけでなく
現実的な負担が一気にのしかかる時期でもあります。
混乱期に「正解」を探しすぎるとつらい理由
混乱期は、“正解を出す時期ではない”のに、正解を探し続けてしまう時期です。
私は毎日、正しい対応を探していました。
無理に行かせるべき?
休ませたら甘やかし?
この判断、間違ってない?
SSWにも相談しましたが、話を聞いてくれるだけで具体的な答えはありませんでした。
夫は「学校に行け」と言うだけで、私は完全に孤立していました。
「どうしたらいいんだろう…」
その焦りがイライラに変わり、弱っている子どもに向けてしまう日もありました。
でも今思うのは、混乱期は“崩れきらないように踏みとどまるだけで精一杯の時期”だった ということです。
混乱期は、次の段階への通過点
混乱期は、「不登校を受け入れられない時期」でもあります。
私は「とにかく学校に戻さなきゃ」と必死でした。
でも6年経った今は、「なんであんなに急いでいたんだろう」と不思議に思います。
人は“変化”に弱い。
だから混乱期はつらい。
でもそれは、前に進もうとしている途中で起きる混乱でもあります。
だから「つらい=間違っている」、ではないと私は思います。
まとめ|混乱期にいた私たちの場合
混乱期の私は、毎日怒っていました。
でもそれは、理解がなかったからではなく、生活を回すために必死だったからです。
今振り返ると、あの頃の子どもは
「行きたくない」のではなく、「行けない」状態だった のだと思います。
そして親である私は、正解を探し続けて疲れ切っていました。
混乱期は、親も子も限界の中でもがく時期です。
怒ってしまったこと、迷ったこと。
それ自体が失敗なのではありません。
それだけ必死に向き合っていた証拠だと、今は思っています。
▶不登校の回復期については、こちらの記事をご覧ください。
▶不登校の子どもの接し方は、こちらにまとめています。


