「不登校は甘えなのでは?」
「親が甘やかしているから学校に行かないのでは?」
そんな言葉を見るたび、私は何度も「本当にそうなのかな」と考えてきました。
息子は小学校2年生から不登校になりましたが、7年間その姿を見てきた今、少なくともわが家の場合は「甘やかしたから学校に行かなかった」とは感じていません。
学校では机の下に隠れ、朝になると「お腹が痛い」と訴え、私が付き添っても学校へ向かえない時期もありました。
この記事では、そんな息子の実際の様子と、当時の私が「甘やかしなのでは」と悩んだ気持ち、わが家でやってきたことを振り返ります。
小2で始まった不登校|最初に学校で見られた変化

不登校の始まりは、家ではなく学校からでした。
ある日、先生からこう言われました。
「最近、机の下に隠れて、教科書で壁を作ってこもっているんです」
正直、最初は信じられませんでした。
家ではそんな様子は一切なく、普通に話すし、遊ぶし、「……先生、大げさじゃ?」と思ったほどです。
今振り返ると、家と学校で息子の様子が大きく違っていたのだと思います。
少なくとも当時の息子にとって、学校という大勢の人がいる空間はかなり負担だったように見えました。
その後、朝になると「お腹痛い」と言うようになり、行き渋りが強くなっていきました。
そして、学校に向かうことそのものが難しい状態になっていきました。
行事には行けるのに普段は行けなかった息子
不登校の子に多いのが、イベントだけは頑張れるという現象です。
運動会は行ける、遠足は行ける、発表会は行ける。
でも、翌日からまた行けなくなる。
息子は、普段は学校に行けなくても、運動会や遠足などの行事には参加できることがありました。
親の私でさえ、
「今日は行けたのに、どうして明日は行けないんだろう」
と不思議に思ったことがあります。
行事に参加できた翌日から、また学校に行けなくなることもありました。
外から見れば、「行事に行けるなら普段も行けるのでは?」と思われても不思議ではありません。
ネットの相談掲示板でも、「不登校って普通に甘えているだけだと思うのですが」といった厳しい意見を見かけたことがあります。
でも、実際に何度も息子の姿を見ていると、「行事に行けた=普段も学校に行ける」と単純には考えられませんでした。
それでも、少なくともわが家では「行けるのに甘えて行かなかった」という単純な状態には見えませんでした。
▶「不登校なのにイベントだけ来るのはずるい」と感じる方は、こちらもご覧ください。
親が付き添っても学校へ向かえない時期があった

息子の場合、私が一緒に歩かないと学校の方向へ進めない時期がありました。
私も最初は、「一緒に行けば行けるのでは」と思っていました。
でも、実際に付き添っても動けない。
声をかけても進めない。
そんな姿を何度も見ました。
先生もできる限りの対応をしてくれましたが、それでも学校へ向かうことが難しい日がありました。
その経験から私は、「親が甘やかしているから行かない」とだけ考えても、目の前で起きていることを説明できないと感じるようになりました。
行ける時期と行けない時期を繰り返した
息子は、不登校になってからずっと同じ状態だったわけではありません。
学校に行ける時期もあれば、また行けなくなる時期もありました。
一度行けるようになると、親としては「これで戻れるかもしれない」と期待します。
私も何度も期待しました。
でも、また行けなくなる。
そのたびに「何が悪かったんだろう」と考えました。
7年間を振り返ると、少なくとも息子の場合は、「行けた・行けなかった」だけでは説明できない変化が何度もありました。
朝の声かけが厳しくなることもあった
不登校生活の中で、私が特につらかったのが朝でした。
本当は優しく寄り添いたい。
でも現実には、仕事の時間もあれば、家族の支度もあります。
時間に追われて余裕がなくなり、声かけが厳しくなってしまったことも一度や二度ではありません。
「行けないなら早く言って」
「どうするの?」
そんな言葉をぶつけてしまって、あとから後悔したこともあります。
不登校の子どもにどう接するかを考える一方で、親にも毎日の生活があります。
いつも穏やかに対応できたわけではない。
これも、わが家の不登校生活のリアルでした。
7年見てきて「甘やかしだけが原因」とは思えない
息子が学校に行けなくなった理由を、私は今でもひとつに決めることはできません。
集団が苦手だったこと、学校での人間関係、環境の変化など、いろいろなことが重なっていたのだと思います。
当時は「私が甘やかしたからなのでは」と自分を責めたこともありました。
でも、
- 学校で机の下に隠れていたこと
- 朝になると「お腹が痛い」と言っていたこと
- 私が付き添っても学校へ向かえなかったこと
- 行ける時期と行けない時期があったこと
そうした息子を実際に見てきた私には、「親が甘やかしたから」の一言だけで説明できるものには思えませんでした。
不登校の理由は子どもによって異なるため、息子の経験をほかの子どもにそのまま当てはめることはできません。
ただ、「甘やかしなのかな」と悩んでいる親御さんに、こういう家庭もあったことを知ってもらえたらと思います。
わが家でやってきたこと
不登校が始まったころは、私も「どうすれば学校に戻れるのか」ばかり考えていました。7年間の中で試したことも、うまくいかなかったこともたくさんあります。
その中で、わが家では、
- 家ではできるだけ安心して過ごせるようにする
- 学校と連絡を取り、息子の状況を共有する
- 行ける日と行けない日があっても、その都度考える
- 本人の様子を見ながら、学校との距離を調整する
といった対応をしてきました。
もちろん、これがすべての不登校の子どもに合う方法だとは思っていません。
わが家でも「これをやれば解決する」という方法が見つかったわけではなく、その時々で悩みながら対応してきたというのが実際のところです。
まとめ|「甘やかしなのでは」と私も何度も悩んだ
息子が不登校になってから、私も何度も「私が甘やかしたからなのでは」と考えました。
今でも、不登校についてすべて理解できたとは思っていません。
それでも7年間、
学校で机の下に隠れる姿があり、朝にはお腹が痛くなり、親が付き添っても学校へ向かえず、それでも時々は学校や行事に行く。
そんな息子を見てきました。
だから少なくともわが家の場合、「親が甘やかしたから学校に行かなかった」という一言では説明できないと思っています。
……と、ここまで書きましたが、最後に親としての本音をぶちまけさせてください。
「学校に行けない理由は分かった。でも、家でこれっぽっちも勉強しないのは、流石にただの甘えだよね?」
寄り添いたい気持ちと、ダラダラする姿への怒り。
この矛盾は、今でもあります。
そんな「勉強しない問題」と格闘した私の試行錯誤の記録は、こちらの記事にまとめました。
▶不登校で勉強しないのは甘え?元気なのに無気力な息子と格闘した6年の記録
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