「登校拒否」と「不登校」の違いをご存じでしょうか?
簡単に言うと、「登校拒否」は“本人が学校を拒否している”という意味合いが強い昔の表現です。
一方で「不登校」は、“行きたくても行けない状態”も含めた現在の公的な表現として使われています。
実際、1990年代後半〜2000年前後からは、「拒否」という表現では説明できない子どもも多いことから、文部科学省でも「不登校」という言葉が主に使われるようになりました。
実際、文部科学省の調査でも「不登校児童生徒」という名称で統計が公表されています。
正直に言うと、私は以前、「不登校=甘えに近いもの」だと思っていました。
もし自分の子どもが不登校になっていなかったら、たぶん今でも同じ考えだったと思います。
「登校拒否」という言葉が、親の認識をゆがめる
「登校拒否」という言葉には、「意志を持って拒んでいる」というニュアンスがあります。
だから無意識に、こう感じ取ってしまうんです。
「行けるのに行かないんでしょ。」
「親が甘やかすから行かないだけじゃない?」
「泣いて引きずってでも連れていけばいいじゃん。」
かつての私が、まさにそうでした。
だから昔は、
「無理にでも行かせたほうがいい」
「甘やかすと余計に行けなくなる」
という考え方が今より強かったのだと思います。
でも実際に経験してみると、「拒否」という言葉では説明できないケースがとても多いと感じています。
「登校拒否」と「不登校」の違いとは?

「登校拒否」と「不登校」の違いを整理すると、以下のようになります。
| 登校拒否 | 不登校 | |
|---|---|---|
| ニュアンス | 意志で拒んでいる | 行けない状態も含む |
| 原因の見方 | やる気・根性の問題 | 心理的・身体的要因も含む |
| 対応の方向 | 説得・強制になりがち | 寄り添い・環境調整 |
| 使われた時代 | 昭和〜平成初期 | 現在の公的な表現 |
文部科学省は1998年頃から「不登校」を正式な行政用語として使うようになっています。背景には、「登校できない状態」を含む言葉として「不登校」の方が実態に合う、という議論がありました。
もちろん、すべてのケースが完全に分けられるわけではありません。ただ実際に経験すると、「拒否」の一言では語れない苦しさがあることを痛感します。
私自身も「学校は休めない側」で育った
私は「熱がなければ学校へ行くもの」という家庭で育ちました。
咳が出ていても、お腹が痛くても、とりあえず学校へは行かなければいけない。
「そのくらい気のせいでしょ」
「学校行ったら治るんじゃない?」
そういう環境が当たり前でした。
だから自分の子どもが「行けない」と言い出したとき、最初は正直、理解できませんでした。
「本当に無理なの?」「行けばなんとかなるんじゃない?」
そう思っていました。
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実際に私も無理やり学校へ連れて行ったことがある

最初の頃は、私も必死でした。
泣きながら嫌がる子どもを学校へ連れて行ったこともあります。
優しく励ましたこともありました。
怒ったこともありました。
寄り添いながら一緒に登校したこともあります。
でも、どれもうまくいきませんでした。
無理に行かせようとするほど、子どものメンタルは不安定になっていきました。無理やり連れて行こうとしたとき、子どもが頭を壁に打ちつけてしまったこともあります。
今思うと、あのとき子どもは「サボりたい」のではなく、限界だったんだと思います。
当時の私は「どうやったら学校へ戻せるか」ばかり考えていました。本人が一番つらそうだったのに、味方になれていなかった。苦しめていたのは、私のほうだったかもしれない。今はそう思っています。
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「俺だって、学校に行けるなら行きたい」
行けなかった直後は、理由を話してくれることはありませんでした。
でも数年後、本人がぽつっと、「俺だって、行けるなら行きたいよ…」と言ったことがあります。
その言葉を聞いたとき、「あ、これは”拒否”とは違うんだ」と初めて腑に落ちた気がしました。
サボっているわけじゃない。行きたい気持ちはある。でも、体も心もついていかない。
「今日は少し行けそう?」と聞くと「1時間だけ行く」と返事する日もありました。でも時間になると布団から出られない。
そのたびに「じゃあ行くなんて言わないでよ……」と思っていました。期待して、落ち込んで、また期待してしまう。このころは、親の気持ちもしんどかったです。
でも今思えば、本人も「行きたい気持ち」は本物だったんだと思います。
学校へは「行きたくない」ではなく「行けない」だった
もちろん、学校自体は嫌だったと思います。でも、それだけじゃなかった。
- 大勢の人がいる教室
- ずっと周囲の声が聞こえてくる環境
- 集団行動、規律のあるスケジュール
今振り返ると、そういった空間そのものが子どもにとってかなりの負担だったように思います。
「なんで行けないの?」と聞かれても、本人が一番困っているように見えることもありました。
感覚の敏感さや、集団環境への強い疲れやすさが関係している子もいると思います。
「行きたくない」というより、「行けない」に近かった。今ならそう言えます。
感覚の敏感さや、集団環境への強い疲れやすさが関係している子もいると思います。
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本人がつらい時に、親まで敵になったら逃げ場がない

不登校って、外から見ると「家にいるだけ」に見えることがあります。
でも実際は、本人もかなり苦しそうでした。
登校の時間になると体調が悪くなる。行こうとしても玄関で動けなくなる。自分で「行く」と決めても行けない。「なんでできないのか」本人にもわからない、そんな瞬間もありました。
そんなときに怒られたり、甘え扱いされたり、無理やり連れて行かれたりすると、本当に逃げ場がなくなるんだと思います。
だから今は、「まず敵にならないこと」が大事だったのかもしれないと感じています。
それでも、今でも葛藤はある
「学校へ行かなくていい」そう思えるようになった一方で、「でも勉強が遅れる……」と思ってしまう自分もいます。
きれいごとだけでは割り切れない。勉強ができなくても生きていける道はある。でも、それが平坦な道ではないことも知っている。
子どものメンタルが安定することは大事。でも、学力や将来への不安が完全になくなるわけでもない。
「本当にこれでいいのか?」今でもずっと自問自答しています。
ただ、ひとつだけわかったことがあります。
もし子どもが不登校にならなかったら、私はきっと今でも「甘え」と言っていた。
実際に経験して初めて、「登校拒否」という言葉だけでは説明できない苦しさがあることを知りました。それだけは、私の人生で本当に大きな気づきだったと思っています。
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