子どもが不登校になると「不登校=人生終わりかもしれない」と思ったことがあります。
もちろん、今はそこまで極端には思っていません。でも、すぐに「大丈夫」なんて思えるほど、軽いものでもありませんでした。
この記事では、そんな状態から少しずつ向き合ってきた中で感じたことを、きれいごとではなく、そのままの気持ちで書いています。
不登校は人生終わり?そう思ってしまった理由

子どもが行き渋り、不登校気味になったころは、「とにかく学校に行かせなきゃ」と思っていました。
このまま休み続けたらどうなるのか分からない。学校に行かない選択肢なんか、私の中では考えられない。だから、なんとかごまかしてでも行かせようとしていました。
そのときは正直、こんなに続くとは思っていなかったです。
「少し休めば戻れるでしょ。」
…そう思っていたのに、気づけば7年たちました。
始めの数カ月は、「このまま戻れなかったらどうしよう」と考えるようになって。数年たつと、「勉強が追い付いていない。もう子どもの人生終わりかもしれない…。」という不安が頭をよぎるようになりました。
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不登校の親が「大丈夫」を信じられなかった理由
スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーに相談すると、返ってくるのは「大丈夫」「まずは心の安定を大切に」という言葉でした。インターネットで探してもやはり、同じ言葉が多く見つかります。
たぶん、間違ってはいないと思います。
私だって、同じ立場なら同じことを言うと思います。
でも、不登校の親の立場になると、その言葉をそのまま信じられるほど、余裕がありません。
「いやいや大丈夫じゃないでしょ。」
「自分の子どもが不登校でも同じこと言えるの?」
「四六時中、不登校の子どもと過ごしてないからわからないんじゃない?」
そんなふうに思ってしまったこともあります。
専門家はあくまで専門家。責任がないから言える言葉なんじゃないかと、疑ってしまったこともありました。
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誰の言葉も信じられなくなった親の心理
いろんな人に相談しているはずなのに、気づけば、誰の言葉も信じきれなくなっていました。
専門家の言葉ですら、どこか距離を感じてしまう。
疑っている自分も嫌だし、でも信じきれない。どうしたらいいのか分からなくなっていました。
情報を探せば探すほど、余計に混乱して、結局、何が正解なのか分からなくなっていきました。
むしろ「自分がおかしいのかな?」と、自分さえ疑うようになります。
何が正しいのか、自分がおかしいのか、その判断さえつかなくなり、メンタルが崩壊していくこともありました。
正直、専門家の人たちは「ちゃんと子どもを見てくれているのかな」と感じてしまうこともありました。
限られた時間の中で関わっていることは分かっているつもりでも、実際に毎日そばで見ている感覚とは、どうしてもズレを感じてしまう。
そんな気持ちがあるから、表面上の言葉だけに聞こえてしまって、「この状態を本当に分かっているのかな」と思ってしまったこともあります。
そしてふと、「もし自分の子どもが同じ状況だったとしても、同じことが言えるのかな」と考えてしまったこともありました。
何を聞いても、結局は同じような答えが返ってくる気がして、専門家の人に相談すること自体に意味があるのか分からなくなっていきました。
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不登校をめぐる夫婦間の温度差
これは、私だけの問題でもありませんでした。
夫は、まだ不登校を理解しきれていません。私も100%理解できているわけではないけど、それでも向き合おうとはしています。
同じ親でも、受け止め方に差があります。そのズレが、正直しんどいと感じることもありました。
「なんで分かってくれないんだろう」と思うこともあれば、「自分だって分かりきれてないのに」と思うこともあって、気持ちはずっと不安定な状態です。
改めて「価値観の違いってこういうことなんだな」と、どこか納得してしまう自分もいました。
不登校がきっかけで、夫婦関係にすれ違いが生まれることがあるという話も、今では少し理解できるようになりました。
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不登校への理解が進んでもつらさが消えない理由
私が子どもの頃と比べると、不登校への理解は確実に進んでいると思います。
文部科学省では「COCOLOプラン」という、誰一人取り残さないことを目指した取り組みも進められています。2025年時点で不登校は約35万人とも言われており、社会全体で向き合うべき課題になっています。
(参照:文部科学省「令和6年度児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査結果及びこれを踏まえた対応の充実について(通知)」)
スキルを身につければ生きていける道も増え、クラウドソーシングなどで働く選択肢も広がっているのも事実です。専門家の人が言うように、「生き方の選択肢」は以前より確実に増えていると思います。
それでも、親の立場になると、理解と現実は別問題でした。
一番つらいのは、「生きたい」と思えない状態の子どもを見ることです。
「生きてても目標なんかない」と言われると、言葉が出なくなることもありました。
あのときは、「私が生んだせいで苦しめているのではないか」と考えてしまうこともありました。
どれだけ将来の選択肢があっても、その前提となる“気持ちの土台”が崩れていると、何も意味がないように感じてしまいます。
頭では分かっていることと、目の前の現実はまったく違います。
不登校といっても状態はさまざまで、希望を持てる不登校と、そもそも生きること自体がしんどい不登校では重みが違います。
正直、自分で自分に「大丈夫」と言い聞かせながら、なんとか踏ん張っている状態です。少しでも気を抜くと崩れてしまいそうなほど、不登校は精神的に消耗することがあります。
それでも不登校と向き合う親の気持ち
それでも、不登校と向き合い続けるしかないと思っています。
未だに正解が分かっているわけではありません。
「無理にでも勉強させるべきなのか」「好きなことを優先したほうがいいのか」
今でもずっと迷い続けています。
それでも、苦しんでいる姿をこれ以上見たくないという気持ちがあります。
そして、せめて「生きていてよかった」と思える瞬間が少しでもあってほしいと思っています。
だから、すぐに「大丈夫」と思えなくても「甘やかし」と言われても、簡単に突き放すことはなかなかできません。
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不登校は人生終わりではないが、現実は甘くない
不登校がすぐに「人生終わり」になるとは思っていません。
実際に、選択肢はいくつもあります。通信制高校やフリースクールなど、進める道が増えているのも事実です。
ただ、「大丈夫」と簡単に言い切れるほど単純な問題でもないと感じています。
何もしなくても自然に解決するものではなく、状況によっては支援や環境が必要になることもあります。
子どもの状態によっては、選択肢があってもすぐに動けないこともありますし、その都度、できることを探していくしかありません。
「終わりではない」と「楽ではない」は、どちらも同時に成り立つものだと思います。
まとめ|同じように悩む親へ伝えたいこと
私はいつも、自分に言い聞かせています。「不登校でも人生は終わりじゃない」と。
でも本当は、生まれたての子ジカみたいに、足がプルプルしています。倒れないように、歯を食いしばって、なんとか立っているだけで、少し気を抜いたら、そのまま崩れてしまいそうな感覚です。
不登校と向き合う中で、ずっと気持ちは不安定です。疑って、迷って、しんどくて、その繰り返しでした。
今でも100%受け入れられているわけではありません。無理だと分かっていても、「学校行ってほしいな」と思ってしまい、冗談で言ってしまうこともあります。
それでも少しずつ、「不登校でも終わりではないかもしれない」と思えるようになってきました。
同じように苦しんでいる方もいるかもしれません。
もし今まさに苦しいと感じているなら、すぐに「大丈夫」と思えなくても大丈夫です。
無理に前向きにならなくてもいいと思います。簡単に受け入れるのは難しいからです。
まずは、今のしんどさをそのまま受け止めることも大事だと思います。
その上で、もし余裕があれば、今日は何もしない日を作ってみるのも一つの方法だと思います。
親が崩れてしまうと、本当にきつくなります。だからまずは、無理をしないこと。
それだけでも十分だと思います。
私は、7年経った今でも、正直、先が見えているとは言えません。未来が怖い気持ちもあります。
それでも、あの頃のように「もう終わりだ」と思うことはなくなりました。分からないままでも、続いていく日常の中で、少しずつ見え方は変わっていくのかもしれません。
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